思古淵神社 祭礼

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「思古淵(シコブチ)神社」「花笠踊り」

自宅からわずか1時間余りの地で、まるでトリップしたかのような時間を過ごしました。

 

最近気に入っている八丁平への登り口がいくつもあるんだなあと地図を眺め、久多からの道を選び登ったときの事。

小浜から出町柳を昔の鯖街道を辿り一日で歩くのだ、という人に出会いました。

こんな風に歴史を感じながら道を選び、歩くのは何と楽しげ!と、下山後下見がてらドライブしていて出会ったのが思古淵神社です。

 

縁があったのでしょうか、知人が久多に数百年続く家の出身だと知った時の喜びと言ったら‥!!

紹介を得て、話が伺えて祭礼の神事を見せていただける、こんなチャンスを逃すはずはありません。

KとW子さん夫妻が、もちろん、とびついてきました。

安曇川の支流久多川には廻りの山々からいくつもの支流が流れ込んでいます。

「しこぶちさん」は、昔この辺りで盛んだった林業の材木を、筏に組み琵琶湖まで運ぶ、筏師の守り神です。

川を覗き込んだら、アユ?ヤマメ?すっごい数です。 (ああっ!黙って採ってはダメですよ、「遊漁権」を買って、漁の解禁期間だけですよ!)

祭りの始まる前に、知人の実家(築二百数十年のお家!)に立ち寄り、祭りの資料を見せていただきました。

驚きました。

地域の年中行事の段取りや作法や歌、口承で伝えられたものも含め、ご自身の覚書と子孫への申し送りとして、書面にしたためられていました。後世に残る貴重な記録となるでしょう。

このような勤勉さに出会うと、私は今、何をしているんだろう‥と、後ろめたい気持ちにさえなります。

 

 


話を伺っていると、窓から松明の火を手に谷川沿いの山道を登っていく人たちが見えます。

そこは観音堂。

思古淵神社には、鎌倉時代初期に写経された「大般若経」599巻が眠っていて(これもとても貴重なものです)現在も毎年8月10日、この観音堂で読経の講が続けられています。


今日は、観音堂の前で「松上げ」が行われる日でした。

愛宕さんに向って火難除けの献火をするのだと伺いました。

 

祭りが始まる前に、地域にある3つの神社を見て廻ります。

まずは「思古淵神社」

 

掲示されている案内では花笠踊りが「京都市指定無形民族文化財」となっていますが、1997年には、国が指定する「重要無形民族文化財」となっています。

 



次は「大川神社」

「久多の大杉」に抱かれているような姿は、遠くから見ても印象深く目に映ります。

そして、一番北に位置する「上宮神社」

藁葺きの屋根が素朴な姿です。

 

伺った話の中で印象に残った話がひとつ。

 

昔は村に娯楽など無く、厳しい林業の仕事に従事する日常のなかで、唯一最大の娯楽が祭りであった。

男衆は(ここの祭りは全て男だけで行う)ここぞとばかりに5つに分かれた地区毎に競うのだ。

材料の和紙を選び、花びら一枚一枚を型紙で切り抜き、折って束ねて、相手にあっと言わせるような立派な花笠を作ってやろう。

130程もある掛け合いの歌は、相手の出した歌に答える歌を歌えなかったら負けだ。それぞれの「花宿」に集まり、今年は何を歌って相手に「参った!」と言わせてやろうかと、盗み聞かれないように太鼓や歌の練習をしたものだ…と。

 

そう、単なる信仰心だけでなく、住む人の生きる拠り所としてあったから伝わってきたのですね。

だとしたら、これからは何をもって残すことができるのでしょう?


 

さて午後6時、いよいよ神事の始まりです。

先ほど閉まっていた神社前の戸がはずされ、明りが灯された前に二人の神主さんが立っています。

そしてこの後、御神殿の御扉を開け・・・・・

ご神体の居られる御簾の前に向かい合って座り、「お鍵のとなへ」(戸をあけさせていただきます、とのご挨拶のようなもの?)や「神酒の口傳」の儀を行い、「オー、オー」という「警蹕(けいしつ)」(神様を迎える声)の声を発します。

・・・・・想像していただけましたか? 神事を目前で見ることのできた私たちは感激!

住民が持ち回りで神主となり、この大役を果たすのです。


この灯り、ロウソクではありません。

なんと、きちんと油皿に油を張り、い草の灯芯を使った「灯明(とうみょう)」です。

刻々とせまる夕闇の中、柔らかく暖かい灯りが揺らめいています。


 

思古淵神社を出た神主さんは、扇子と番傘を手に川沿いを歩いて「大川神社」に向かいます。

そして同様の神事を行います。

 

 

何故神主さんはふたり? という質問には「昔からふたりと決まっている」とのご返事。

そうですよね。 何故か?より、代々伝えられてきたことを次の代に伝えることのほうが大事に決まっています。


道中、何度か山の方向に向って拝礼をされます。

お地蔵さんや社など、今は存在していなくても、神が居られる所と伝えられてきた場所です。

 

私たちも思わず厳粛な気持ちになり、頭を垂れます。


最後の「上宮神社」に着いたのは8時近く。

夜目に浮かび上がる神殿は、昼とは随分違って見えます。

 

神主さんが前の二つの神社と同じ神事を行うと間もなく、それぞれの花宿から花笠を持った人たちが集まってきました。

一旦神殿に供えられた花笠は、神主さんの手で灯りを灯され、境内に集まった花笠は13基。

ふたりの男衆が棒を交じわせた所作のあと、花笠おどりの奉納が始まります。

単調にも聞こえる太鼓の音にあわせて歌い交わし、灯りを灯した花笠が左右・上下にゆらゆらと揺れる様は、「幽玄」とでもいいましょうか。



 

 

花宿にも伺って、花笠を間近でみせていただきました。

 

菊・ダリヤ・牡丹など‥‥葉も2枚の和紙を張り合わせています。

代々伝えられてきた型紙を使い、一つ一つ手作業です。光に浮かび上がる切絵の、精巧で美しいこと!

この地域では、手先が器用でないと男と認められないかも!!



踊りが終ると、今度は今来た道を逆に辿ります。

高い山々に囲まれ、街灯もまばらな夜道(昔は真の闇だったわけですから、さぞや!です)を、花笠の灯りがユラユラと揺れながら動く様は、今自分が居る場所を忘れてしまいそうな‥

不思議な気分に酔います。


途中で「大川神社」での花笠踊りの奉納をはさみ、午後9時、道行きの一行は思古淵神社に戻ってきました。

神主さんは、たくし上げていた袴をおろし、狩衣をつけた正装に変わっています。

腰にお太鼓のように結びつけていたものは、これだったのです。

 


一旦、神殿に奉納された花笠は、再度灯りを灯され、拝殿に並んで座った神主さんの前で、花笠踊りが奉納されます。

祭りのクライマックスです。

踊りが始まったのは午後10時。 11時過ぎまで続けられました。

「昔は真夜中まで掛け合いを続け、踊り続けたもんだが~」とは古老のことば。


太鼓や歌を担えるのは、今では高齢の方だけなのでしょうか。

艶の有るすばらしい声です。

いつまでも闇に揺らめいていて欲しい、とボーッしていたら、雨がポツポツ‥

花笠はあわてて拝殿の中へ。

 

前夜までの大荒れの天気、それが今日も続くという予報の中、祭りの間だけ雨が降らなかったのは、「しこぶちさん」のご加護であったに違いないと信じる私です。